前回は速醸系酒母と生酛系酒母について、更に生酛系酒母はその造り方によって生酛仕込み、山廃仕込みに分けられることを書きました。
酒母(しゅぼ)は日本酒の「元(もと)」になる重要なもの 日本酒ラベルやメニューに「きもと」「やまはい」と表記されているものを見たことはありませんか? これは日本酒を造る上で重要な「酒母」の造り方の違いから来ているものです。日本酒好きでも[…]
今回はもう少し突っ込んで、生酛系酒母を造る時にどんな風に菌達が戦って、最後に清酒酵母だけが残るのか、イラストにてご紹介します。顕微鏡の無い時代からこれら微生物の力を借りて日本酒造りが行われていたなんて、まさに日本酒は神秘的な飲み物ですね!
※きき酒師の試験でもこんなところまで出来てきません(笑)生酛と山廃の違いが分かればいいのであれば上記の記事をごらんください。
こちらはかなりマニアックな内容なので、もし興味あれば読んでいただけると嬉しいです。
生酛(きもと)造りは微生物同士の戦い
日本酒は麹と清酒酵母の並行複発酵によって造られます。
蒸し米のでんぷんを麹が糖に変えて、その糖を酵母がアルコールに変えていく。酵母が発酵しなければ日本酒は出来ません。
生酛(きもと)造りのお酒とは、自然の中にいる微生物の力を借りて最終的に清酒酵母が勝ち残り、増殖出来るように造られたお酒です。
生酛(きもと)造りは乳酸菌が増えて乳酸を生成するまで待たなければいけないため、酒母の育成に時間がかかります。
菌には多数の種類が存在しますが、大前提として菌の世界では個々の強い弱いは無く、同時に存在する中では数が多い方が勝ちます。「少数精鋭」は無いんです。菌は良い菌も悪い菌も、数が多いものが世界(ここでは酒母)を制覇し、少数派の菌はどんどん淘汰されていくのです。
生酛(きもと)仕込みにおける主な登場人(菌?)物
タンクの中には蒸米、麹、仕込み水が入っており、仕込み水の中には微生物や菌達がたくさんいます。得意な温度帯も違います。
まず、菌にはそれぞれ活発に動ける温度帯と、苦手な相手がいます。
①硝酸還元菌(乳酸に弱い)⇒活動温度帯;7~8度
②乳酸菌(亜硝酸に強い)⇒活動温度帯;低温性;10度以下 中温性; 25 ~ 35℃付近 高温性;45度
③清酒酵母(亜硝酸に弱い)⇒活動温度帯;25度~26度
④野生酵母⇒活動温度帯;25度~26度
⑤その他大勢(細菌、その他雑菌)⇒活動温度帯;25度~26度
低温状態のタンクではまず最初に硝酸還元菌が亜硝酸をつくり始めます。
その亜硝酸によって他の微生物雑菌、野生酵母を攻撃します。清酒酵母にとっても毒性のあるものなので清酒酵母は増殖出来ません。
一方、乳酸菌は亜硝酸には強く、生育を阻害されません。
他の菌達が亜硝酸に攻撃されている間に乳酸菌はどんどん増殖を開始し、低温性の乳酸菌が乳酸を作り始めます。
更に暖気(だき)入れ(※)によってタンクの温度が上がると、麹が糖分をつくり出します。
そして乳酸菌はその糖分を栄養源として、乳酸を生成し始めるんです。
(※)お湯を入れた小さな樽のこと。これを酒母の中に入れて酒母の温度を上げる。(湯たんぽのようなものですね)
数の増えた乳酸菌が出す乳酸と硝酸還元菌が造り出す亜硝酸の相乗効果によって、有害微生物(野生酵母等)が死滅します。
第二ラウンドで硝酸還元菌と乳酸菌がタッグを組んで野生酵母等を淘汰した訳ですが、まだまだ乳酸菌は絶好調。どんどん増え続け、乳酸を発生させ続けます。そうなると酒母内の酸度が上がり、乳酸濃度に耐えられなくなった硝酸還元菌はここで消滅します。
乳酸濃度が高くなってくると、その中で生き残っているのは清酒酵母と乳酸菌のみとなりますが、やがて乳酸菌も自らが出した乳酸濃度に耐えられなくなってきます。さらに追い打ちをかけるように酵母が造り出したアルコール攻撃も食らってしまい、乳酸菌もここで消滅となります。
菌達の増殖競争は最後に清酒酵母が勝ちとなりました。清酒酵母以外は生きられない環境になったわけです。
蔵つき酵母か協会酵母か⇒最後は清酒酵母同士の戦い
清酒酵母が酒母内の天下を取りましたが、ここでもうひと悶着あります。
このまま蔵つき酵母にお酒を造ってもらうか、協会酵母を添加するか
です。
清酒酵母とは 酵母はパンを発酵させたり、味噌や醤油が作られる際にも使用される、微生物のことを指します。 この様々な種類の酵母の中で、日本酒を造る時に使用される酵母を「清酒酵母」と言います。 酵母は微生物なので肉眼では見えません。清酒酵[…]
このまま蔵付き酵母を使用するパターンと、もうひとつは後から協会酵母を添加するパターンがあります。
増殖させたい協会酵母を加え、蔵付き酵母が淘汰されるよう、酵母を添加します。
蔵付き酵母は協会酵母と違い、品質的には不安定です。また本来、硝酸還元菌の亜硫酸に淘汰されるべき野生酵母が増えてしまう場合があるので、大量の優良酵母を酒母に加える事の方が多いのです。
生酛(きもと)造りは「乳酸を足さない事」であって、「酵母を足さない事」ではありません。
そして酵母は目指すお酒の味を決定付ける大切な役割を果たすもの。いい悪いは無いんですよ。